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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)5255号 判決

原告

山下信行

被告

常井道雄

ほか三名

主文

一  被告らは各自、原告に対し、金五五万四三四八円及びこれに対する昭和六〇年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分し、その六を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、金三七三万一七四〇円及びこれに対する昭和六〇年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

次のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六〇年二月一七日午後五時一〇分頃

(二) 場所 大阪市鶴見区今津中三丁目四番三八号先路上

(三) 加害者 被告常井道雄及び被告常井淑子(以下「被告常井ら」という。)の子供である訴外常井宏一(当時一一歳三か月、以下「訴外宏一」という。)並びに被告篠原三千征及び被告篠原恵美(以下「被告篠原ら」という。)の子供である訴外篠原憬(当時一一歳六か月、以下「訴外憬」という。)

(四) 被害車 原告運転の原動機付自転車

(五) 態様 原告が被害車を運転して時速約三〇キロメートルで進行していたところ、道路横の児童公園でサツカーボールを蹴るなどして遊んでいた訴外宏一及び訴外憬(以下「訴外宏一ら」という。)がサツカーボールを道路上に転がり出させたため、被害車が避けることが出来ずにこれに乗り上げて転倒した。

2  責任原因(監督義務者の責任)

訴外宏一らは、前記児童公園の中ではボール遊びが禁止されていたにもかかわらず、これに反してボール遊びをしていたものであり、しかも右児童公園は狭くて、同公園内でサツカーボールを蹴るなどすれば、ボールは容易に右公園に接する交通の頻繁な道路上に転がり出て、同道路上を通行する車両に不測の事故を生ぜしめることが予見できたのであるから、サツカーボールを蹴るなどの遊びはやめるか、少なくともサツカーボールが道路上に転がり出ないようにすべき注意義務があるのに、これを怠り、サツカーボールを蹴るなどしてこれを道路上に転がり出させて、本件事故を発生させたものであるところ、訴外宏一らは、年少の未成年者であつてその行為の責任を弁識する能力がないから、訴外宏一の親権者である被告常井ら及び訴外憬の親権者である被告篠原らは、それぞれその監督義務者として、民法七一四条一項により、本件事故によつて訴外宏一らが原告に加えた損害を賠償すべき義務を負う。

3  損害

原告は、本件事故により、次のとおり受傷して損害を被つた。

(一) 原告の受傷及び治療経過

原告は、本件事故により、鎖骨骨折の傷害を受け、昭和六〇年二月一七日から同年四月三〇日までの七三日間宮本記念病院(現在の白雪記念病院)に入院し、更に同年五月一日から同年六月三〇日まで同病院に通院(実日数一五日)した。

(二) 治療関係費

(1) 治療費 二三万三一八〇円

(2) 入院雑費 七万三〇〇〇円

入院中一日一〇〇〇円の割合による七三日分

(3) 入院付添費 八万五五六〇円

(三) 休業損害 一五四万円

原告は、事故当時、阿部工業所に勤務し、一日一万四〇〇〇円の収入(一か月平均二五日稼働)を得ていたが、本件事故により、昭和六〇年二月一八日から同年六月三〇日まで休業を余儀なくされ、その間合計一五四万円の収入(一一〇日分)を失つた。

(四) 慰藉料 一四四万円

(五) 弁護士費用 三六万円

(六) 損害額合計 三七三万一七四〇円

4  本訴請求

よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は本件事故発生の日である昭和六〇年二月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による。)を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)ないし(三)は認めるが、(四)は不知。(五)の内、原告が転倒したこと、訴外宏一らが児童公園で遊んでいたこと、サツカーボールが道路上に出ていたことは認めるが、被害車の速度は不知。その余は否認する。

2  同2は争う。

3  同3の(一)は認めるが、(二)ないし(六)は不知。

原告の入院期間は、治療上不必要なほど長期にわたつており、本件事故との相当因果関係を争う。

4  被告らの主張

(一) 相当因果関係の不存在

原告は、二〇メートル以上手前でサツカーボールを発見しながら、これを被害車の前輪で跳ね飛ばそうとして、減速せずにボールに向かつて走行したところ、意に反して前輪がボールに乗り上げてしまい転倒したものであつて、本件事故には原告の故意行為が介在しているから、訴外宏一らがサツカーボールを道路上に転がり出させた行為と原告の損害との間には相当因果関係がない。

(二) 違法性の不存在

訴外宏一らが遊んでいた児童公園では、ボール遊びは禁止されておらず、訴外宏一らが行つていた行為は、サツカーボールを高く蹴りあげて止めるという程度のものであつて格別危険なものではなく、児童公園内ではこの程度の遊びは当然許容されているし、遊戯中のボールが道路上に飛び出す危険性は存在するとしても、児童公園から遊戯中の児童自身やその遊び道具が道路上に飛び出す可能性が高いことは何人でも十分認識可能であり、かかる危険に備えて周辺を通行する車両の側で注意すべきであり、訴外宏一らの行為はたとえ若干の危険性を有するとしても、法の許容する限度内のものであり、許された危険と解すべきであり、違法性がない。

三  抗弁

1  監督義務違反の不存在

被告らには、訴外宏一らに対して、ボール遊びが許容されている本件児童公園のような場所でのボール遊びまでしないよう監督すべき義務はないから、被告らに監督義務違反はない。

2  過失相殺

仮に被告らに責任が認められるとしても、本件事故の発生については原告にも次のとおりの過失があるから、その損害賠償額の算定にあたつては過失相殺により減額されるべきである。

(一) 本件事故現場は、道路の片側が児童公園であり、反対側も住宅・商店街であつて、人の通行、特に幼児の飛び出しなどが予測される場所であるうえ、原告の走行位置からは、児童公園内で訴外宏一らがサツカーボールを蹴つて遊んでいるのが見えるのであるから、ボールや訴外宏一らが道路上に飛び出してくることが予見できたのに、原告は、徐行して安全を確保すべき義務を怠つた。

(二) 原告は、サツカーボールが道路上に出た時には、十分停止可能な距離があつたのに、漫然と被害車を走行させた。

(三) 原告は、サツカーボールを避けることが容易であつたにもかかわらず、これを回避せず、被害車の前輪でサツカーボールを跳ね飛ばそうとして、減速せずに真つすぐにボールに向かつていつた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  同2は争う。

原告は、ボールを認めるや急ブレーキをかけたが、僅かに及ばず、停止直前にボールに乗り上げてしまい、転倒したものであつて、それまでは法定速度内で前方注視を怠らずに走行していたから、原告に過失はなく、またハンドル操作でボールを回避するなどということを単車の運転者に求めるのは無理であり、急ブレーキ時にハンドル操作を行うと転倒の危険があることからも、ハンドル操作をしなかつた点について、原告に過失はない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  交通事故の発生

請求原因1の(一)ないし(三)の事実は、当事者間に争いがなく、(四)の被害車及び(五)の事故の態様については後記二で認定するとおりである。

二  責任原因

1  原告が転倒したこと、訴外宏一らが児童公園で遊んでいたこと及びサツカーボールが道路上に出ていたことは、当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない乙第一号証、本件現場付近の写真であることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果により原告が昭和六〇年一〇月一日に撮影したものであることが認められる検甲第一ないし第六号証、被告ら訴訟代理人の川下清弁護士が本件事故現場を撮影した写真であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により昭和六二年二月二一日写したものであることが認められる検乙第一ないし第一一号証、原告本人尋問の結果並びに証人常井宏一及び同篠原憬の各証言(後記の採用しない部分を除く。)によれば、次のとおりの事実を認めることができ、原告本人尋問の結果並びに証人常井宏一及び同篠原憬の各証言中の右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用しえず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  本件事故現場は、東西道路と幅八メートルで二車線の南北道路とが交差する信号機のない交差点の北詰付近から約一二から一三メートル北に入つた、右南北道路の北行車線上の中央線寄り付近であり、同交差点の北西の敷地は児童公園となつており、その南側と東側には歩道があり、歩道との境界にはコンクリート製の囲いが設置されているが、ごく低いものであつて、周囲から右児童公園の中が容易に見通せること

(二)  訴外宏一らは、右児童公園内で、訴外宏一が東を向いて立ち、訴外憬がその約七メートル東側で西を向いて立つて、サツカーボールを手を使わずかつ地面に落とさないようにして蹴り合つて遊んでいたところ、訴外宏一の蹴つたボールが訴外憬の頭上二〇センチメートル位の所にきたが、訴外憬はこれを手で取ろうとしなかつたため、ボールはその後方へ飛んで行き、公園の出入口から歩道上へ出て、歩道と車道との境界にあるガードレールの下をくぐり抜け、車道上にコロコロと転がり出たこと

(三)  原告は、原動機付自転車を運転して、時速約三〇キロメートルで前記交差点を南から北へ直進しようとしたところ、前方約一二から一三メートル先に転がり出てきたボールを発見して、あわててブレーキをかけて止まろうとしたが、ハンドルを切ることなくそのまま直進したため、ちようどボールの上に被害車の前輪を乗り上げる結果となり、右に倒れて右鎖骨を骨折したこと

(四)  本件事故当時、天候は良く、まだ明るかつたこと

右認定の事実によれば、訴外宏一らにおいては、本件児童公園のように歩道を挟んで車道と接し、周囲をごく低い囲いで囲われているだけの場所で、サツカーボールを蹴り合つて遊ぶ場合には、ボールが車道上に転がり出て、通行中の車両の妨害となり、交通事故を引き起こすことが予想されるのであるから、ボールが車道上に転がり出ないよう注意を尽くすべきであり、それが不可能であれば、ボール遊びを中止すべきであるのに、これを怠り、漫然とボールが車道上へ転がり出す危険性の高い遊び方でボールを蹴り合つたため、本件事故を発生させ、原告に損害を加えたことが認められる。

被告らは、原告が故意に被害車の前輪でボールを跳ね飛ばそうとしたと主張するが、、右事実を認めるに足る証拠はない。

また、被告らは、訴外宏一らが児童公園内で行つていた行為は、違法性がない旨主張するが、訴外宏一らが右公園内でサツカーボールを蹴り合うこと自体は許容されるとしても、ボールを車道に転がり出させる行為は、通行中の車両の妨害となり、交通事故の原因にもなる危険な行為であつて許されないものであることは明らかであるから、訴外宏一らの前記認定の行為に違法性がないとの主張は到底認められない。

3  訴外宏一が被告常井らの間の子で、当時一一歳三か月であり、訴外憬が被告篠原らの間の子で、当時一一歳六か月であることは、当事者間に争いがなく、右事実によれば、訴外宏一らは、その年齢からみて、その行為の責任を弁識するに足る知能を備えていなかつたとみるのが相当であり、被告常井らは訴外宏一の親権者として、被告篠原らは訴外憬の親権者としてそれぞれその子を監督すべき法定の義務があるから、被告らは、民法七一四条一項により、それぞれ本件事故により訴外宏一らが原告に加えた損害を賠償すべき責任がある。

4  抗弁1は、右2で述べたとおり、主張自体失当であり、そのほかに被告らがそれぞれ訴外宏一らの監督義務を怠らなかつたことを認めるに足る証拠もない。

三  損害

1  原告の受傷及び治療経過

請求原因3の(一)の事実は、当事者間に争いがない。

被告らは、原告の入院期間が治療に不必要であるほど長期に及んでいると主張するが、原告の受けた治療の必要性を疑わせるに足る証拠は全くない。

2  治療関係費

(一)  治療費 二三万三一八〇円

原告本人尋問の結果により真正な成立が認められる甲第四及び第五号証によれば、請求原因3の(二)の(1)の事実を認めることができる。

(二)  入院雑費 七万三〇〇〇円

原告が七三日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日一〇〇〇円の割合による合計七万三〇〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。

(三)  入院付添費 八万五五六〇円

原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したことが認められる甲第三及び第六号証によれば、原告は前記入院期間中の内昭和六〇年一月二二日から同年三月二日までの九日間付添看護を要し、その間合計八万五五六〇円の損害を被つたことが認められる。

3  休業損害 一三三万円

原告本人尋問の結果及びこれにより真正な成立が認められる甲第一、第二及び第七号証によれば、原告は事故当時三六歳で、阿部工業所に勤務し、重さが一〇〇キロから三トン位ある鋼材の修理の仕事に従事し、昭和五九年一〇月から昭和六〇年一月までの四か月間で、一か月平均二一日から二二日働き、一日一万四〇〇〇円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和六〇年二月一八日から同年六月三〇日まで休業を余儀なくされ、この四か月と一三日間には九五日程度は働くことができたと考えられるから、合計一三三万円の収入を失つたことが認められる。

4  慰藉料 八〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療経過、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は八〇万円とするのが相当である。

5  損害額合計 二五二万一七四〇円

四  過失相殺

前記二で認定の事実によれば、本件事故の発生については原告においても、児童公園のすぐ横の道路を通行する場合であり、しかも訴外宏一らが同公園内でサツカーボールを蹴りあつて遊んでいるのを見通すことが可能であつたことが認められるから、公園内からボールや子供が道路上に飛び出してくることを予見して、被害車の速度を落とすとともに、前方を十分注視して進行し、ボールなどが道路上に出てきたときには、あわてることなく的確にブレーキ及びハンドルを操作して、その手前で停止するか、またはボールなどを避けて通行すべきであつたのに、漫然と時速約三〇キロメートルで進行したため、訴外宏一らが蹴つたサツカーボールが前方の道路上に転がり出てきたのを一二から一三メートル先に発見し、あわててブレーキをかけたが、的確なハンドル操作が出来ないうえ手前で停止することも出来ず、被害車の前輪を右ボールに乗り上げて転倒した事実が認められるところ、前記認定の訴外宏一らの過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の前記認定の損害額合計の八割を減ずるのが相当と認められる。

そうすると、原告の損害額は五〇万四三四八円となる。

五  弁護士費用 五万円

本件事故の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、五万円とするのが相当であると認められる。

六  結論

よつて、被告らは各自、原告に対し、五五万四三四八円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六〇年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 細井正弘)

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